――ふとした瞬間に遠くを見ている横顔
――彷徨った視線の先にはいったいなにがあるというのだろう


その視線の先を知ってる



夕暮れの教室は人の気配が希薄で昼間の雰囲気と一遍して、静謐ささえ感じてしまうから不思議だ。
友人の多くは部活に所属していて、最近では専ら同じ帰宅部のキラと過ごすことが多い。互いに学校での用事は特にないのだ。それでもラスティが残っている理由は、今目の前の机で頬杖をついている少年にある。
キラはなぜか夕方のホームルームが終わっても、すぐに帰宅しようとしない。帰宅組の多くは習い事や外でのクラブ活動に参加するため、忙しなく教室を後にするのに、ぼんやりと席に座っていることが多い。
のんびりと過ごす隣席の友人につられて、今までは用事がなければ10分もいなかった教室によく残っていた。
図書室でその日出された課題をすることもあるし、コンピューター室でキラの趣味であるプログラミングをネットサーフィングをしながら、横で眺めていることもある。何をするわけでもない、ただ殊更ゆっくりと流れる時間を肌で感じている瞬間が嫌いじゃないと思う。
ただ二人で過ごす時間が増えるたびに、もどかしさにも似た疑問を抱えるようになった。

(あぁ、またそんな顔して・・・)

象牙の肌が夕日を浴びて茜色に染まる。暑そうな素振りも見せず、無心にその異なる色彩を持つ双眸は窓の外を見つめている。いつも少しだけ首を持ち上げているから空を見ているのかもしれないと思ったこともあったが、実際のところは分からない。
何を見ているんだ?
そのたった一言がこの二ヶ月近く、紡ぐことができなかった。
相手に言わせない、悲哀と歓喜を織り交ぜた薄いベールが好奇心に飛びだそうとする言葉を噤ませる。

「片思いってものすごく非生産だよね」
「は?」
「だってさ、相手に好意を返してもらえないのがわかってるのに、ずっと好きでいるんだよ。一方通行の気持ちだけじゃ、つらいだけで発展のしようもないじゃない」
「つらいって思うほど、好きな奴がいるわけ?」
「すき、なんだと思う」
「思う?」

つらいと、非生産だと思いつめて、言葉に出してしまうほど膨れてしまった想いを抱えているのではないか。自分自身の気持ちなのに疑問形で肯定するその理由が分からない。

「自分でもよくわからないんだ。好きなのか嫌いなのか、愛しているのか憎らしいのか」

窓の外へと視線をやったままの横顔は二人だけのときにしか見れないものだった。
雰囲気だけではない。目の前の友人は外見すら時折一変させてみせる。
紫電は揺らいだ様子もなく凪いだまま。ただ言葉とは裏腹に静かすぎるそれが膨大な感情を抑えこんだからこその結果なのではないかと、ふと思った。

「すごく好きだと思うときはあるんだ。でもそれは他の人にも寄せる好きと同じ気がするし、嫌いだって疎ましく思うときもあるよ。時々、愛してほしいって叫びたくなるときもあるし、愛されてるって感じると叫びだしたいくらい憎らしく思うときもあるんだ」
「・・・どうやって育ったら、俺たちみたいな年でそんなこと言えるんだ」

焦がれると喩えられるような恋なんて、生まれてから一度も経験したことがないから実際にどんなものか想像のしようもない。しかし間違いなく16歳の自分たちのような未熟な人間がもてあます感情であることは分かる。

「似たようなこと、ディアッカにも言われたなぁ」
「ディアッカって、どこかで――」
「たしか今もイザークのところにいるって言ってたような」
「!?ヤキンドゥーエの英雄」
「父さんの友だち・・・かな?この前二人でお茶に行ったから、その時に言われた」

でもあれは意味が違ったのかな?とマイペースに話を進める相手に眩暈がした。非常識ぶりは初めて口を聞いたときから分かっていたことだった。慣れたと思っていたが、まだまだ自分の認識は甘いらしい。
意図していないところに話を広げると、しばらく戻ってこれなくなると学習していたから、興味本位で突っ込みたい部分はあえて触れないことにした。

「親と同世代のやつと二人きりでお茶?」
「うん?」

おかしいかな?と首をかしげる様子は可愛らしい子どもの仕草そのもの。
一般的に自分たちのような成人したばかりの“にわか大人”が、三十路近くの心身共に立派な大人を前に対等に話ができるものなのか。
両親や親戚といった血の繋がりがあるのなら、まだ分かる。そうであってもどちらかが聞き役になるような、一方的な押収になるだろうと思った。

(説教ならわかるがな・・・)

そもそも対等ではないのだ。生きている年数が違う分、物事のとらえ方や視野の広さが圧倒的に違う。

「何の話をしてきたわけ?」
「んー、父さんの話」
「ザフトの英雄?」

友だちと言っていたが、職場が同じなのだ。同僚にもなるだろう。
それもあえてキラに言うつもりはないが、キラの父親がザフトの英雄と知って、少しその頃の出来事を調べたのだ。調べるといっても一般的に公開されていて、誰でも見れるような常識レベルにすぎないのだが。そのときにキラの父と、先ほど名が挙がった二人は一時は同じ隊に所属していた。親交があっても不思議ではないだろう。

「違う、アスランの話だよ」
「?同じだろ」
「違うよ」

父さんの話だよ、と口にして目線をふと彷徨わせる。
つられて目線の先を辿るが、そこにあるのは常と変らない風景が広がっているだけで、彼がそんな目で見るものがどこにあるのかわからなかった。
遠い目だった。遥か遠くを見つめる瞳には悲しみとも歓びともつかぬ感情が波打つように揺れていて、その横顔がクラスメートのキラ・ヤマトとは別のもっと遠い人物を思わせた。
これがアスランの話を大人としてきたキラ・ヤマトなのかもしれないと漠然と思い当たる。

「・・・ん?」

伴った違和感はほんの一瞬だった。喉元に何かが絡んでうまく声が出せないような、僅かな不快感が混じったそれ。

「どうしたの?」

眉根を寄せた状態を心底不思議そうな顔で見つめる可愛らしい容貌は、ラスティが知っているクラスメイトのもの。
日常的な表情を目にした途端、小さな違和感などすぐに霧散してしまい、自分が何に対して拘っていたのか、それさえもよくわからなくなってしまった。


――その一滴が大きな波紋を呼ぶなんて、その時は考えもしていなかった



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