――ふと見せる表情や雰囲気で思い知らされる
――たった一人で軍艦一隻を翻弄してくれた彼女の血を


背伸びしてあごにキス



幼子と呼ぶに相応しい時から見知っている少年が好きだと言う。血の繋がった己の父親が好きなのだと、隠すことなく言いきる。
優しげで柔和な面立ちは年を重ねるごとに母親に似てくる。
性別を越えてまで姿形を保っていられるのは、その体が出来上がる前までなのだろうから、この年の少年特有のものなのだろう。
この子ならば、きっともっと自然な形で寄り添える相手がいるだろうに。
なぜ自ら荊の、否、道さえない方向へと躊躇いなく進んでいけるのか。
年をとってなおのこと狡賢く慎重になってしまった自分には、微塵も理解できなかった。

「もっと他にいなかったのか」
「これ以上なんて、ないよ」
「お前の年で限界を悟るのはおかしいだろう」
「だって巡り合えるのだって難しいでしょう?世界にたった一人なんて、生きてる間に会えるなんて分からないじゃない」

ヒビキの言うことは分かる。確かに自分にとっての「最上」の相手に出逢えるのは貴重だ。たとえその「最上」がその瞬間だったとしても、心の底から欲しいと思える相手というのはなかなかいないもの。
(まぁ、だから、俺は未だに一人身なんだけど…)

「それがお前にとってはあいつだって?」
「うん」

一瞬の迷いもない。以前ならばきっと想いとは別のところに存在する負の感情が絡まり合って、肯定できなかったのだろう。否、想いさえ言えずに思いつめて、あの事件を起こしたのだから事態はさらに悪化しているに違いない。
それが今では好きな食べ物をきかれているかのような気軽さに、何にも折れない強靭な意思からなる強かさを含ませて、にこりと笑ってさえ見せる。

「どこがいいわけ」

純粋な好奇心から尋ねてみた。
見目が良くて仕事ができる男というのならば、極上にランクづけされるだろう。しかし、アスラン・ザラという男はそれほどできた人間ではない。
頭でかっちで冗談が通じなくて、自分が拘るところにはチームプレイを乱してでも貫こうとする。
普段が無害で有能なチームメイトだからこそ、いざというとき――それも地雷がどこにあるのか定かでないのが厄介である――とんでもない行動に出られて、こちらは全力で振り回されるのだ。
クルーゼ隊にいた頃から嫌というほど知っている。

「お前はフィルターをかけてアスランをよく見すぎた。あいつはけっこう情けないぞ?」
「知ってるよ、でもそれも含めて全部好き」
「ぜんぶ…」
「意固地でちょっと頭の硬いとこも、自分の感情の機微に無頓着なとろも、けっこう淋しがりな屋なところも好き。父さんだからそれでいいんだ」

キラの希望で注文したケーキを給仕しにきたウェイターが、僅かに驚いた顔で熱烈なセリフを吐いた少年の顔を見つめる。
気づいているだろうに、本人は気にした風もなくケーキを食べだした。

「………今、のろけられた?」
「さぁ?」

どうだろうと、見たことのない大人っぽい笑みを浮かべられる。アークエンジェルでお母さんが大好きと告げた無邪気な笑顔など面影にもない。
子どもの成長は恐ろしいと、心底思った。

(いや、こいつの本質が恐いのか)

今時の子どもが皆、ヒビキのように大人の言葉に隠した本音を読み取れるようだったら、世の中も随分物騒になったと思うしかない。
子どもは鈍感で無神経なくらいがちょうどいいのだ。大人になれば嫌になるほど、人に気を遣って、自分を押し殺してでも周囲との共存を図っていかなければならないのだから。

「どこで育て方を間違ったのかね…」

ぼやけば何のこと?と、少し不貞腐れた年相応の表情を浮かべられる。
少なくともこういう表情をさせたのは、間違いなくあの戦争を経験させて、母親が守るあの艦にいたからだ。
良くも悪くもあの場所で彼は彼たる気質を形成して、そして「ヒビキ」となった。
戦う恐怖と勝利の興奮と敗北の不安、日常では感じられない命の尊さと儚さを身を持って時間する場所に多感期である次期にいたのだから、仕方ないともいえるのだろう。

「ディアッカには本当に感謝してるよ?」
「おう、それはどうも」
「もちろん、ニコルにもフレイにも」
「ま、お前が幸せなら、俺は常識とか世間の目とかは超越してもいいかな」
「ありがとう、でも――」

今のままでいいんだ、そう呟いた浮かべるのは淋しげな微笑。
それ以上何かを言うことはできなくて、誤魔化すように冷めてしまったコーヒーに手を伸ばした。



――その笑顔はいつかの彼女の微笑みを彷彿とさせた



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