――相変わらず、どうしてこうも甘いのだろう。
――自分の周りにいる大人は絶対に優しすぎると思う。
背伸びしてあごにキス
悪かったな、と開口一番に謝罪の言葉と共に頭を下げられたから、本気で驚いた。
待ち合わせをしたのは、よく利用するカフェで、顔馴染みの自分たちの言動が店員一同に注視されていると分かっているからこそ、尚のこと慌てた。
「ちょ、何やってるんですか」
同年代ならば、仲の良い友人同士での諍いに折り合いがついたのだろうと、微笑ましく見守ってもらえたのかもしれない。
しかし、自分と未だに顔を上げようとしない彼の年齢差は傍目から見ても年の離れた兄弟、見方によっては親子に見える。
16歳のキラに、29歳のディアッカが本気で頭を下げている図式から、いったいどんな背景を想像されているのだろうと考えただけで冷や汗をかいた。
「ほんとに俺が軽率だった」
「まずは顔を上げてください。じゃないと話もできないです」
申し訳なさそうな表情はいつもの彼らしくなくて、似合わない。
互いに飲み物を口をつけてから、ディアッカが話を切り出した。
「お前に母親ができるなんて、軽率なことを言った。お前にとっての母親はあいつしかいないのに、無神経な発言をしてすまない」
――ヒビキ、喜べ。新しいお母さんができるかもしれないぞ
そこで彼が何に対して負い目を持っているのか、ようやく理解した。
随分、昔のことのように思えるのはその頃の記憶が他愛のない思い出になったおかげだろうか。
「ディアッカが悪いわけじゃないでしょう。ほんとに言葉通り、喜んでくれたんでしょう?」
物心ついて数年で離れざるえなかった肉親に代わって、誰かがその役を担ってくれる。難しい問題かもしれないけれど、親が一人から二人になることは、家族が増えるのは、そう悪い変化ではないだろう。一般的には。
「そうだけどさ、お前はその…」
言いにくそうに言葉を濁してしまう様子もまた彼らしくない。らしくない行動ばかりさせてしまっているのは間違えなく自分に要因があって、失礼かもしれないけれど笑いが込み上げてきた。
いい年をした大人が――それもエリート中のエリートの上等な男だ――こんな二十歳にも満たない子どもに振り回されているのだから、世の中は不思議なものだ。
そう、この世界は思わぬものばかり招き寄せてくる。
たとえば、自分の恋心のように。
(恋じゃなくて、愛なのかな?)
その違いが分からなくて錯乱するほど取り乱して悩んで、泣き叫んだ頃を思い出す。
今でもその答えは分からないまま。
けれど、分からないままでいいと割り切れる自分が今ここにいて、恋でも愛でも自分を必要としてくれる腕があれば、もうそれだけで幸福だと思えるようになった。
「うん、そうだね。僕は父さんのことが好きだから、新しい母さんが来るのは複雑だったよ」
「ずいぶん、はっきり言い切るんだな」
「一度突き抜けると、なんか開き直れるようになった」
「…そうか」
紫紺の瞳を指差せば、痛ましげな色がディアッカの瞳に宿った。この瞳の色はよく知っている。フレイもラクスもニコルも、そしてアスランもこの瞳を見る度に、この色を滲ませる。
「綺麗、だったのにな…」
「自分でも馬鹿なことしたなって思う」
「いやっ!お前を責めてるわけじゃないんだ。ただ純粋にその色は綺麗だったから――」
「うん、分かってる」
「だから、もう片方は大事にしてほしいというか…」
言葉を重ねるごとに苦虫を一匹ずつ噛み殺していくような表情に笑いを噛み殺す。堪え切れなかった口元の笑みに気づかれて、不貞腐れたように視線を外された。
彼の言葉には後ろめたさや後悔はあるけれど、ずいぶんとさっぱりとした感情で本心からの言葉と分かっているから、嫌味も重みも感じさせなかった。
「あはは、ほんとにディアッカじゃなくて、ディアッカそっくりの別の人みたい」
「お前、人が本気で狼狽えてるっつーのに」
「うん、分かってる。ほんとにありがとう」
ようやくほっとした様子で小さく息を吐いたのを認めて、キラも安堵した。ずいぶんと心配をかけてしまったのだと今更実感して、その優しさが素直に嬉しいと思う。
「今はちょっと前よりもずっと楽になったよ。ちゃんと毎日が楽しいって思えるようになったし、そうだな母さんといて優しくて懐かしい頃よりも、父さんのこと好きって気づいて苦しかった頃よりも、今のほうがずっと世界が広くて安心する」
一人きりで生きてるのではないと思わせてくれる。たくさんの優しさと好意と慈しみがあって、ここしかないと思っていた場所以外にも自分の居場所を見つけられた。
「そう、学校でもちゃんと友達ができるようになったんだ」
「同年代の?」
「そうだよ。クラスなんて同い年の子しかいないよ」
以前に学校が楽しくないと口にしては心配げに話を聞いてくれていたから、ちゃんと報告をしておこうと思った。
「俺たちばっかりとつるんでたから、中々話が合わないんじゃねえの?」
「一人ね、すごく気に合う子がいて、その子が仲介をしてくれたから今は同じクラスで友達じゃない人がいないくらい」
「へぇ、大人ぶってる奴がいるのか」
「もしかしたら、ディアッカと気が合うかも」
なんとなくだけれど、クラスの中心にいつもいてどんな話題でも事欠かさない明るい髪の少年はディアッカと共通するものがあるのではないかと思った。一見、軽率で無神経そうに見えるが、実は感情の機微に敏感な気質や世話焼きなところなんて、そっくりだ。
「16歳のガキが俺と?」
「僕も16歳なんだけど…」
訝しげに眉根を寄せる反応にむっとして、反論するとはたと目が丸くされた。
「そう言えば、お前まだ16だったな………」
感嘆というか、驚愕というか、呆けた声と共に、テーブル越しに全身をじっくりと眺める視線に晒されて、今度はこちらが小さな溜息を吐く番だった。