「お前ら、ちょっと現金すぎじゃない?」
「何のこと」
「キラのこと、あんだけ遠巻きにしてたくせに」
「近寄りがたかったんだもん」
「そうそう、別の世界の人って感じで」
「今は違うわけ」
「大好き」
「うん、あいついいよな」
「もっと仲良くなりたいって思っちゃうね」
「…わかんねー」

同調して頷き合っているクラスメートの真ん中で、ラスティ一人きりだけが頭を抱えて机に突っ伏した。
それは担任に呼び出された当の本人が戻ってくる、少し前のことだった。


濁らない水 / 背負えない片翼 / 微笑ましい愛欲



文字通り、キラ・ヤマトはクラスの人気者になった。
きっかけを作ったのは間違えなく自分だ。しかし、端らかけたのは冒頭部分だけでその後は一人歩きをするみたいにあっという間に、クラスの中心に行ってしまった。
それでも彼にはいつも一線引いた部分が合って、男子とじゃれ合っていても、女子に囲まれていても、無邪気な笑顔を浮かべたり、優等生と自称する理知的な一面を見せたり、いろいろな顔を見せるけれどそのどれもが「いきすぎないもの」に感じた。
はめを外していないとでも言えばいいのか、表に出している感情や表情がすべて抑制されているものに見えるのだ。

「それ、わざと?」
「何のこと?」

講義が始まるほんの数瞬で尋ねた問いをとぼけた科白で返されたことで、推測が確信に変わった。
他人から見える自分の姿を正確に把握して振る舞う。いくら頭の回転が速いコーディネーターといえども、人生経験が多いとは言えない十代では至難の業だろう。
それを日常的にしてしまえる彼の背景には一体なにがあるのだろう、と興味を抱く。

「…やっぱり、戦艦生活のおかげか?」
「やけに拘るね」
「おっ、聞こえた?」
「聞こえるように言った癖に…。別にわざとしてるわけじゃないよ」

なんか、体に染み込んじゃったんだよね、と渇いた声で答えられる。初めて聞く種類の声だった。
嬉しさも悲しみも置き去りにして、どこか悟りきった大人びた音が淡々と紡がれる。

「気づけば勝手に子どもに振りをしてるんだ。全部、嘘なわけじゃないよ。ただ本当よりも少し明るかったり、無邪気を装ってる」
「何のために?」
「まだ子どもなんだよ、って安心させるため」

誰を、という問いは口に出せなかった。
渇いた声が言葉を重ねる度に痛々しさを帯びるから、胸を掴まれるような息苦しさを感じて口を噤んだ。

「悪気があるわけじゃないんだ。もちろん、周りを馬鹿にしてるわけでもないし。むしろこれも僕の一部だと思うから」

そのせいだろうか。時々はっとさせられることがある。
たとえば今みたいに、光を溜めこんでるはずのアメジストに昏いヴェールがかかって、濁った色彩を見せたりする。

(ほら、またこれだ)

無邪気で物事に対して素直な反応を返す子どもらしい子どもが、ふと気づくと大人びた表情をしている。かと思えば、年相応どころかそれ以下の幼い色を宿していたりする。
そのアンバランスさに目が離せなくなってしまう。いったいどちらがほんとの彼なのだろうかと、ずっと見ていたくなる。



一時的な避難場所として選んだ屋上―これを教えたのはラスティだ−で、静かな昼食を堪能していたときに尋ねてみた。

「親の話をしないのも意図的?」

ヤマト姓を名乗っているが、彼の父親はザフトの英雄、アスラン・ザラ。コーディネーターならば知らない者はいないだろう、という有名人だ。この事実が知られれば、きっとこの学校の誰よりもコネクション作りをしたいと思わせる対象になることは間違いない。
彼自身に面影がほとんどないから、言われなければ絶対に気づかない。噂に聞かないうことは、キラの両親が誰なのか知られていないのだろう。

「ほんとはラスティにだって言うつもりなかったんだ」
「何の躊躇いもなく口にしてただろ」
「うん、口が滑った。君ってば、何でも普通の顔で聞いてくれるから」
「これでも随分驚いてる」
「うん、それは知ってる。でも驚くだけでしょう」

だからさ、と続く声の質が変わる。
子ども特有のキーの高さと悪戯をしかける幼子の瞳。
身構える暇さえ与えてくれない、爆弾が落とされる。

「君と僕だけの秘密ね」

冗談めいて呟かれた言葉の衝撃に耐えきれず、フェンスに寄りかかる。逸らした視線に真下のグラウンドが映って、くらくらと眩暈さえした。

「…今、分かった」

クラスメートたちが話していた内容の意味を、思い知らされた。生き生きと大好きと口にして、てらいない好意を隠しもしない彼らの心境がこういうものなのだろうか。
彼はほんとになんていうか、天性の人たらしだ。
これを意図的にやっているのだとしたら、随分こっちの世界では生きやすそうだけれど、自由に使いこなせる人間がこの年まで同世代の友人をもっていないはずがない。たとえ、どんなに特殊な生活環境であったとしても、このカレッジに入ってからは関わる機会もあったはずだ。それでもないということは天然でしかありえなくて、あまりの兇悪それは当人の自覚がないからこそ始末に負えない。
他人から見る自分をコントロールはしているけれど、それはいかに自分を差し支えのない存在として瞳に映しておくかのみに特化しているだけで、本人は他人に気に入られようとは思っていない。
周囲が惹かれているのは、その差し支えのない演技に垣間見える彼本来の性質。

「とりあえず称賛を贈る」
「よく分からないけど、ありがとう?」

キラの父親、ザフトの英雄のことは自分の口から洩れることは絶対にない、それだけは確信する。
クラスメートよりも幾らか近くにいれることが、誰にも懐かなかった野良猫に擦り寄られたような優越感に繋がって、純粋に嬉しかった。



一番の友達になってくれないかな、なんてそんな恥ずかしいことを思った



← Back / Top / Next →