息子の前で父親である自分が、みっともなく亡くしてしまった女への恨み言を吐き、泣き崩れて目の前にいたキラに縋りついた。
親失格どころか、大人失格の言動をしたはずなのに、微笑んで全部受け止めてくれた。
そして自分でも気付かない淋しさを見つけ出して、優しい温もりで包んでくれた。

――僕があなたを癒してあげるから、だからもう泣かないで。

声なき声が高らかに柔らかく鼓膜を震わる気配がした。


瞳 / ゴールデン / ソープオペラ



フレイは訪問時と同様、見送りを必要とせずにさっさと帰ってしまった。
テーブルに座ったまま、腰を上げることなく赤いワンピース姿をぼんやりと見つめ、部屋の中一人きり残されたままで覚めてしまった紅茶を見つめる。
甘いキャラメルを焦がしたような琥珀色は、この世で最も大切な存在の面影を思い起こされる。
“彼ら”はアスランにとって、淋しさの源であると同時に生きる糧であった。
そして恋という甘痒くて身を焦がす切ない感情と、愛という大らかで時々歯がゆくなる優しい感情を教えてもらった。
この先、これほど誰かに情深い執着を寄せる相手はいないと確信できるほどに大切で、可能ならば自分の腕の中に囲って一生閉じ込めておきたいと愚かな願いさえ抱いてしまう。
広大な宇宙に呑みこまれてしまった“彼女”を救えずに、喪ってしまったからこそこれほどまでに“彼”に執着してしまうのだろうか。
過剰なまでの保護欲が、清らかな精神を惑わせて乱れさせ、あげくには思いつめるまでに濁らせてしまったのだろうか。
フレイの言うとおり、アスラン自身に非があったことは認めざるえない。

キラは感情を振り乱し、声が枯れるくらいの勢いでアスランに愛を叫んだと同時に苦しみを嘆いた。
元々、出会ったばかりの頃から同年齢の子どもに比べ、聞きわけがよくて滅多なことでも泣かない子だったのに。
時折、いなくなってしまった母親を恋しがって涙を零すことはあっても、しとしとと渇いた空気を湿らせていく小雨のように、音もなく涙を流しているくらいで。
外見は幼い頃の彼女にそっくりだけれど、駄々を捏ねるような泣き喚くという状態に近い泣き方をする様子とは似ても似つかない姿に、彼は彼女と自分二人の子どもなのだと実感していた。
物心つく頃から片親だけで、さらには多感な時期に戦艦で過ごしてきた環境も起因しているのだろうと考えが行きついて、胸の奥が引き絞られる感覚に襲われる。

「キラ…」

無意識に呟いた音は彼らのどちらを指し示すものなのか、それはアスラン自身にも定かではなく、自分でも分からない制御不能な本能だけが答えを知っていた。
名前とともに吐き出した溜息は、発した音よりもずっと長く続いて静寂を守る空気を淀ませる。
誰一人として気配のない部屋にいると、しばしば世界に一人きりだけ取り残されたような気分に陥るが、一人で心ゆくまでに物思いに耽りたい今はちょうどいいとも感じた。

(俺が、あの子にしてやれることはなんだ…?)

望むのは己の安寧ではなく、あの子に至上の幸福が惜しみなく降り注がれること。
願いは確かに胸にあるのに、結局自分の言葉や行動はキラにとっての幸福どころか苦悩に繋がってしまう現実に頭を抱えたくなる。
結局、願いは願いのままで自分の中にはそれよりも優先したい欲望があって、それがキラの幸福を邪魔するのだろうか。

「なら…どうすれば良かったんだ…」

好きだと告げられたとき、思いつめたような視線を向けられたとき、愛してと請われたときに、たとえ偽りだったとしても彼に応えてやるべきだった?
否、それは違う。
あの直向きで透明度の高い翡翠が見え透いた嘘を見抜かないはずがない。虚偽を悟れば、さらに傷つけてしまう。
そもそも自分の胸の奥の一番柔らかな部分には、まだ彼女の面影が息づいている。他の人間への愛しさを抱いたまま、誰かを愛するなんてそんな器用な真似を自分ができるはずないと、また溜息をついた。
結局、罪が明らかな形となって浮き彫りになる以前に遡ったとしても、アスランのキラへの対応が何か変わるわけではない。
何度繰り返しても同じことを行って、同じ行動をとって、そしてキラを深く深く傷つけてしまうに違いない。
鋭い破片を突き立てられて緋色に染まった瞬間は、鮮やかに脳裏へ焼きついて爛れて一生刻み込まれるのだろう。
そして彼の色彩ではに紫水晶を目にする度に、痛感させられるのだ。

あれは、自分の罪の証。

繊細で柔らかな心ではあまりにも苦く大きな想いに気づいてやれなかった。
それは、キラの自分に向ける恋愛感情だけでない。
「好き」という気持ちだけならば、あそこまで彼を追いつめなかっただろう。
募りすぎた想いの根底に深く根付いた不安や恐怖は、精神が未熟な子ども特有の負の感情。
親であるなら、察知して大丈夫だと包み込んで癒してやらなければいけなかったのに。
だが、自分のことばかりに意識がいって父親になりきれなかったアスランはそれを見逃してしまった。
一生分の後悔をしても足りないほどの大罪。

なぜならば、あの美しく愛しくてたまらなかった極彩色が再び右目に宿ることはこの先、一生ありはしないのだから。



――お前は、俺を一生許してはいけないんだ
――だから、――なんて言うな



← Back / Top / Next →