――二度目の喪失には、ぜったいに耐えられない
――だから、お前は、おまえだけは…


叶えられることのない約束



「…お前たちは、いつも俺を置いていく」

待ってくれと声が続く限り叫んでも、精一杯に腕を伸ばしても、置いていくなと懇願しても、アスランが辿り着けない場所へと逝ってしまう。
大好きと告げた彼女の唇は、次に見えたときには芯を凍らすほど冷たくなっていた。
言葉にしても仕方のないことだと分かっているはずなのに、常ならば絶対に口にしないような想いが、頬を伝う涙と一緒にぼろぼろと零れていく。
ずっと胸に秘めていた想いは声なき叫びとして、アスランの中で反響して耳鳴りが酷くなるくらいに大きくなっていた。
一生癒えることのない傷跡はずっと触れた冷たさを風化できないまま、凍えて罅割れたまま。
抱きしめてくれる小さな体の熱いくらいの温もりに縋りついて、必死で寒さを紛らわす。それでも唇は震えたままで、がたがたと歯が擦れる音さえ鳴った。

「約束したんだ、すべてが終わったら何もかも話すと。今まで話せなかったことも、知らなかったことも、すべて教えてくれると言っていたのに」

柔らかく微笑んでくれた彼女にまた会えると、信じて疑わなかった。だが、約束をした少女はアスランの元へ帰ってはこなかった。
一生、叶えられることはなかった約束は、アスランの消えない傷として深すぎる爪痕を残す。
それでも傷に捕らわれたり苛まれ立ち止まったり、思い悩んだりしなかったのは、彼女のお願いと新たな愛すべき命の存在を知ったから。ひきつる傷跡の痛みをむりやり胸の奥底へと押し込んだ。

彼を愛すために不要なものはすべて、なかったものとして蓋をしたのに。

その子までが自分を置いていこうとするから、隠していたはずの傷跡の凍えた痛みが増して、置いていかれる恐怖を再び呼び起させた。
そして引きずりだされる、恋に対する恐怖心。
唯一の恋だったなんて、そんな綺麗ごとを並べていたけれどそんな崇高なだけの思いではない。もっと自分勝手で臆病な自分が考えた言い訳にすぎなかった。

「好き」では駄目なのだ。

その感情は変容してしまう。
すれ違ってしまう。
彼女との恋で思い知ったからこそ、卑怯な自分は最初で最後だと自分に言い聞かせて、恋なんて二度としないと決めた。
だから彼を愛した。愛情が何かも明確に理解しないまま、ただ本能で心のままに彼を愛した。
今度こそ、この腕から離れてしまわないように、二度と放してしまわないように、と。

「…父さん?」
「お前にとって俺の愛情は息苦しかったのか?いらないものだったのか」

真綿で首を締めるような真似をしていたのだろうか。
アスランが信じる愛情の枠に押し込めて、好きだと恐ろしい言葉を紡ぐその唇を大人の言葉で握り潰してでも、彼自身を放したくなかった。

きっと、二度目の喪失は絶えられない。

もしも、再び戦火に巻き込まれて離れ離れになりこの子の母と同様に敵対でもしたら、と考えただけでも恐怖で身が竦む。
父親に対する「好き」という気持ちが年を重ねるごとに薄れて、いつの日か好きだと無邪気に囁いていた頃を忘れて、自分だけが囚われてしまったとしたら。
たとえ、それが自分以上に「好きな人」ができたとしても同じこと。

「どうして俺を置いていったんだ」

忘れられない、冷たい指の感触が、口づけた唇の冷たさが。

「本当は迎えになんていきたくなかった、死に顔なんて見たくなかった。見なければあんなにも簡単に受け入れられずにすんだのに、最後に触れたぬくもりだけを覚えて、それを抱いて一生生きていくこともできたのに、どうして、どうしてっ」

自分が何を言っているのか最早分からない。
彼女に言っているのか、彼に言っているのか。混乱する。混同する。
ただ一つだけ、はっきりと分かっていることは今この腕に抱いている温もりを失くしてしまえば、もう生きていけなくなると、それだけは確信があった。

「苦しいんだ、忘れられない。焼けつく、いつも乾いている、欲しくて欲しくてたまらないのに、手に入らない」

引き攣れた傷跡の痛みと、喪失を予感する恐怖と、それでも抱かずにはいられない愛しさがぐちゃぐちゃに混ざり合って、アスランのすべてを抱えて揺さぶり続ける。
足元が頼りなくて、痛みに耐える小さな吐息が耳元を掠めて、力を緩めるなんてできなかった。

「やっと触れられたのに、やっと好きだと言えたのに、これで幸せになれると、思っていたのに…っ」

膨大な量の感情の波に襲われて、正常でなんていられない。
小さな両の掌が濡れた頬をそっと包み込んで、藤色の瞳に映るのは濡れた翡翠の色彩。
この子の瞳に映し出される色が後にも先にも、この一色だけならばいいと、そんな愚かなことすら心から希い続けた。


――もう彼女はどこにいないのに、この深い冷たさはいつか溶かすことができるんだろうか、



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