――どんな醜い傷跡だって
――あの人の中に 僕 という存在をを刻み付けたかった


泣くことも覚悟の上



美しい彼の外見の中で、たった一つだけ大嫌いなものがあった。今よりもずっと幼かった頃には見たことがなかったから、余計に受け入れられなかったのかもしれない。
常に穏やかな光を絶やすことのないエメラルドの瞳がキラを認めた途端、苦色を滲ませる。その瞬間、強烈な淋しさと愛しさを溶け合わせた深緑は、見ているキラの胸まで引き絞られてしまうのだ。
どうしてこんなにも厭うのだろうと考えてみる。そして唐突に気がつく。その痛みと同じものを自分は知っていた。
アスランへの報われない想いを痛感するとき。同じ種類の痛みが胸の柔らかな部分を刺激することに気がついた。思い出すだけで、痛みの破片を再現してしまいそうになるほど刻み付けられた感覚を植えつけられたときのことは覚えている。忘れるはずがない。
アスランを、父を、好きだと気がついたとき。

――キラっ…

名前を呼ばれた。
耳に心地よい大好きな声が今にも泣き出しそうな響きを滲ませて、名前を呼んだ。
これは誰を呼んでいる声なのかと、耳をすませてみる。

――キラ…

自分を呼んでいるのか、母を呼んでいるのか、双方とも鼓膜を振るわせた経験のある耳では判別ができなかった。
聞き分けができないくらい、自分はこの音に慣れすぎてしまったのかと少しだけ悲しくなる。

「――ラ、キラっ!」

頭の片隅で反響していただけの声が、今度はやけに至近距離で聞こえた。
先ほどまで感じていた浮遊感と引き換えに、体中を支配しているのは指一本動かす気力を奪うような倦怠感。
今にも泣き出しそうな顔をしたアスランを認めるが、光の眩しさに目を細めてすぐにかき消えてしまう。

「ぁ…す、ら」

名前を呼ぼうとして声を出してから初めて、喉が干上がっていることを知った。
慣れないベッドの感触に、自分が病室にベッドの上にいるのだと気がつく。

(…あれ?)

明るさになれた瞳が再び開いたとき、アスランは酷く怒った顔をしていた。
ぴりぴりとした怒気を纏わせて憤怒を隠そうとしない表情を目にして、ようやく夢心地から脱する。

「な、んで…おこってる、の?」
「何で?お前、自分が何をしてここにいるのか覚えてないのか?」

地を這う低い声が静かに紡ぎだされる。細められた剣呑とした瞳に見据えられて、さすがのキラも身が竦んだ。
こんなにも怒りを露にした父は初めてかもしれない。

「覚えてるよ」

気圧されないよう、尻すぼみになりそうな声を張り上げ意地になって答えた。
気に入らなかったのか片眉がさらに吊り上げられ、部屋の温度が下がった気がして背中に冷たいものが走る。
本気で、怒っているのだ。

「今後同じことをしてみろ、俺は絶対にお前を許さない」

片目を潰したことか、窓から転落したことか、おそらく両方なのだろうと見当をつける。
張り詰めた空気に呑まれ、素直に頷いたほうが穏便に済んだに違いない。けれど首を縦にふることはしなかった。キラにだって、ずっと抱え込んできた言い分がある。

「…だって、これで愛されると思ったんだもん」

ぎゅっと、今にも震えそうになる掌で布団を強く握り締める。
剣呑さを増すばかりの深緑と目を合わせる勇気はなく、視線を下に落としたまま溜め込んでいた言い分を主張する。その音が相手の心をどのように震わせるのか、欠片も慮ることなく自分勝手な不協和音を奏でる。

「母さんと瓜二つなら、どこもかしも一緒なら、貴方は僕を愛してくれるんでしょう?」

ぱちん、と渇いた音が病室に響いた。
音が空気を震わせ終えてから漸く、頬を叩かれたことに気がつく。
痛みよりも、ただ驚きばかりが先走りして呆然と頬を掌でおさえた。

「ふざけるなっ。俺は、俺は、お前がキラであればいいなんて思ったことはない」
「……間違えるくせに」
「なんのことだ…?」
「母さんと間違えて、目の色を見て違うんだって…落胆するくせに!!」
「………っ」

瞳孔が大きくなり、驚愕の表情で凝視される。
否と唱えることのない沈黙が肯定を浮かび上がらせて、自分で明確にさせたことのなのに胸をえぐられる痛みを覚えた。
どれだけ黒に近い灰色だったとしても、不透明なままでいてほしかったと自分勝手なことを思う。

(……もう、やだ…)

辛くて、苦しくて、苛立たしくて、痛くて、淋しくて、いいことなんて一つもない。
思い通りにならないくせに、欲しいものが手を伸ばせば届く距離にある環境も、与えられる苦痛を助長させ感傷にばかり浸る自分も、すべてにうんざりする。
強烈な痛みでふらつく思考がたどり着いた答えは、こうやって処置をされて痛みが和らいだ今だって間違っていなかったと思う。
遅かれ早かれいつかは辿り着く結論だったとさえ言える。

憎まれてもいい、本気で思ったのだ。

親として愛されるだけの生温い感情は、ただ徒にキラを苦しめる優しいだけのものでしかないから、いっそのこと母にも向けたことがないような憎しみを抱いてくれればいい。
心底嫌ってもいい。
軽蔑されてもいい。
ただアスランという人間の中に、キラという一人の人間を刻みつけることができれば、もうそれだけで――


(死んでしまったって、いい)


体の一部である片目なんて、簡単に手放してしまえる。母と瓜二つの顔に消えない傷をつけることだってできる。命を落としたとしてもきっと、悔いはない。
それほどまでに好きなのだ。家族の絆だけじゃ、ちっとも足りない。飢えて乾いた心が満たされることはない。
自分のぜんぶと引き換えにしても、この人の心が欲しいのだ。
言いたいことを喚くような形で吐露すると、父はキラの大嫌いな顔をした。



あなたの中に何かを残せていますか?



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