――ちがう、ちがうっ。こんな生温かくて優しいだけのものが欲しいんじゃない。
――そうやって駄々をこねた
――駄々を、こねた


泣くことも覚悟の上



真っ先に感じたのは、底知れない熱さ。
どくどくと音が外に漏れているのではないのかと思うほどの大音量で、頭の中で鳴り響いて思考を低下させ、そして痛覚だけでなくあらゆる感覚が薄れる。
感じるのは、貫いた右目が発火しそうなほどに熱を沸きあがらせていることのみ。

「ど、して…んな…と……」

鈍った聴覚が拾った呆然とした声と、霞んだ視界の中でも周囲より鮮明に映し出される驚愕した男の表情。
欲しいのは、そんな声じゃないのに。そんな顔じゃないのに。
キラが男であり、息子であり、母ではない最も分かりやすい目印である新緑の瞳なんて失くなってしまえばいい。
自分では母の代わりにもなれない。
身代わりの「好き」さえもらえない。
欲しいものは愛情じゃない。母に向けた父の想いそのもの。

(あの目のいろが、)

切ない熱を宿したエメラルドが、忘れられない。
焼き付いて離れない。
知ってしまったからこその渇望は酷く貪欲で、喉を掻き毟ってしまいたい衝動に襲われた。
瞳に破片を突き刺すことに恐怖はなく、躊躇いもなかった。むしろ今のままの自分でいることのほうがずっと怖かった。不完全で醜い自分という存在こそが、最も恐ろしいものだった。
だから、開け放たれた窓から見える空を見上げながら、鍵穴に鍵を差し込むようかのように自然の動作で片目にも破片を突き下ろす。

「やめろっ!!」
「や…だっ、離して」

しかし、左目に熱さを感じるよりも先に、駆け寄ったアスランの手によって破片を握り締めた腕ごと握り締められてしまう。
驚くほど強い大人の力が、華奢な子どもの骨が軋むほど強く持ち上げられた。

「自分が何をやってるのか分かっているのか!?」
「僕のことなんて放っておいて――っ」

感じなかったはずの痛みが急激に右目を遅い、反射的に声を詰まらせ破片を床に落としてしまい掌で瞳を抑える。目を閉じているのか、開けているのかさえ分からない。
片目だけはうまく平衡感覚を掴めずにまっすぐに歩けない怪しい足取りで、じりじりと後退するがすぐに硬いサッシにぶつかって逃げることさえできない。
尋常ではない痛みと熱さが思考どころか、意識さえも曖昧にさせていく。
それなのに、手首に絡みつく指の皮膚の弾力と自身とは異なる体温だけがちゃんと感じられる自分の体は、どこかおかしいんじゃないのかと本気で疑った。

「痛むのか?今すぐに救急車を」

本気で心配して憂えて、差し伸べられる優しい助けの手。
今は本気で触れて欲しくなかった。近づいてほしくなかった。
アスランが優しければ優しいほど、その優しさを踏みにじっている蛮行を働く自分が惨めで仕方ないのだ。

「放っておいてって言ってるだろ!!父さんは、母さんのことだけ考えてればいいんだ」
「――っ」

動揺に大きく肩を揺れる。
骨っぽい手首から掌が緩んで、少しの力だけでするりと引き抜くことができた。
あんなにも放して欲しいと願った父としての優しい掌。
離れた途端、手首に触れた冷たい空気に寂寥を抱いてしまう自分勝手さにはほとほと呆れてしまう。
そして、思わず吐いた言葉の絶大な効果に可笑しくて、そして泣きたくなった。

(こんなときまで、見せつけられるなんて)

ほんとに、呆れるくらいに不毛な恋。
叶う可能性なんて、きっと始めからこれぽっちもなかった。
どこにも居場所はない心もとなさが襲い、世界で自分一人だけが置き去りにされる錯覚に陥る。
立っているのか、膝をついているのか、横になっているのか分からない。
全身に纏わりついたのは、奇妙な浮遊感。

「――キラっ!!!」

そして、最後の意識に刻まれたのは、だんだんと遠くなる父が母を呼ぶ声。



触れないでと叫びながら、この肌はその体温をこんなにも焦がれている。



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