――込み上げるのは、みっともない嗚咽。
――せり上がるのは、御しきれない想い。
――迫りくるのは、思い通りにはいかない現実への絶望感。


泣くことも覚悟の上



どうしたら、愛してもらえるのだろうかと考える。
キラになくて、母にあるもの。それは母親としての優しさ、女性特有の丸みがあって柔らかな肌、幼いころの父との記憶。すべて、どれほど頑張っても手に入れることができないものばかりだった。
母になくて、キラにあるもの。それは血の繋がり、親子の絆。それだって、捨てたくても捨てられないものばかりであることに変わりはない。
何をしたら、キラが欲しくて欲しくてたまらない「好き」をもらえるのかを、ヒステリックな熱でショートしたまとまらない頭で必死に考えてみる。

(ほんとうに、それだけ…?)

どうにもできないものばかりなのだろうか、今の自分では断ち切れないものばかりに囲まれているだろうか、自分に問いかける。
見つかるはずもないのに、部屋中に視線を巡らせて答えの切れ端を探そうと躍起になった。
床には粉々になった空色の破片が散らばり、かつてはカップだったものの中に入れられていたミルクが勢いで窓ガラスにまで飛び散っている。
酷いと評するに相応しい惨状の中に、キラとアスランが微妙な距離をあけて立ち尽くす。
窓ガラスに移るのは、かつて恋人同士だった男女とは似て非なるもので、再会してから10年を経た父と子。恋という絆で結ばれた恋人ではなく、愛という鎖で縛り付けられた親子。
窓ガラスに移る己の顔は見れたものじゃないと笑ってしまうほど、醜かった。勝手に喚いて暴れて憔悴しきったその横顔は、嫉妬に狂った女のようだ。

(きっと、母さんはこんな顔しない)

いつも清らかで、穏やかで、美しいままの母親。彼女は泣き顔まで美しかった。透明で温かな涙をそっと音もなく流していた。
そう、アメジストの双眸を煌かせて。

「………ぁ」

見つけた。徹底的な違いを。
窓ガラスに映るそれは、妬みや嫉みで濁りくすんだ色をしていた。
だからこそ、よりいっそう厭わしいものに見えた。

――ひび割れた緑柱石のように乾いた瞳

キラにあって、母にないものの最たるもの。
きっと、これはアスランの「好き」を得るためには不必要なものなのだ、と心中で呟く。なぜなら、母はこんなもの持っていなかった。
アスランはキラの瞳の色を見るたびに、現実に戻ったかのような痛々しい顔をする。
焦がれた熱に触れさせてくれたあの時でさえ、目が合った瞬間に父親の顔に戻ってしまった。
まるで夢から覚めたかのように、何事もなかったような顔で母と同じ名を異なるイントネーションで紡ぐ。
夢心地のままだったのならば、そのまま眠っていてくれれば良かったのに。
好きな人にあんな顔をさせるくらいならば、母と見分けがつかないくらいに瓜二つならば良かったのにと不毛なことさえ思い、そしてアメジストでない双眸に絶望感に浸る。

(こんなもの…)

この色を消して、握りつぶして、なかったことにしてしまえば、今より少し母に近づけるだろうか。アスランの恋人に、近づけるだろうか。
衝動に駆られるままに、床に跪き膝が零れたミルクで汚れても気にすることなく、散らばっていた破片を手にした。

「キラ…お前、やめろっ!!」

息子の意図を悟ったらしく、軍内でも常に冷静で沈着だという父にしては珍しく慌てた声がやけに遠くで聞こえた。
常ならば動きを止めてしまっただろう制止の声も濁った思考回路には届かず、何の障害にもならない。
鋭い破片を勢いよく握り締めたせいか、掌の皮膚下に伸びている血管がどくりと脈を立てて熱くなる。

(…なくなってしまえば、いい!!)

空色が真っ赤な罪の色に侵され、その破片を迷うことなく右目へと付きたてた。



母さんに近づけば、あなたは僕のことを少しは好きになってくれる?



← Back / Top / Next →