――はじけて、壊れたのは
――………いったい、なに?
泣くことも覚悟の上
父は、アスランは、自分たちの間に親愛以上の愛情を育むことができるはずがない、と断言する。それがたとえ、血の繋がった親子でなかったとしても変わらない事実だ、とその慕い続けた唇で絶望に等しい音を刻んでいく。
何がだめなのか納得できない。
何がいけないのか理解できない。
わからないことだらけなのに、答えは否と一言だけ。
――きっとお前には耐えられない
ただ一度きり対峙した父親ではないアスランから伝わった、生々しい雄が触れる感覚と猛々しい熱の感触。
確かにそのとき、知らない男の底知れなさに恐怖したのは事実だ。
しかし、それだけではなかった。
キラを襲ったのは純粋な恐怖という単純なものではなく、その恐怖さえも染め上げてしまう恍惚とした歓喜。
恋人としての役割を求められたことに対しての、まぎれもない歓びを感じずにはいられなかったのだ。
それが親愛であるはずがない。
否、と片付けられるものでもない。
ましてや幻想であるはずがない。
こんなにも想ってるのに、こんなにも好きなのに、こんなにも愛してほしいと願っているのに。
なぜ、それだけのことが叶わない…?
「ちがうっ!!」
すれ違う愛情に、噛み合わない想いに、じりじりと摩擦をおこしていた細い糸がぶつりと音をたて、鼓膜の奥ではじけた。
両腕を振り上げ、手にしていた空色のカップを思い切り床に叩きつける。
がしゃん、と脳髄にまで響く悲鳴を上げ、カップは原型を留めることなく粉々に砕けてしまった。
綺麗だねと笑い合って買ったはずの空色なのに、今では白濁に汚れてずいぶんとくすんだ色に見えて、嫌悪感を抱いてしまう。
いったい、今まで何を大事にしてきたのだろう。
今じゃちっとも思い出せない。
(僕が欲しいのは、それ)
優しいだけの温もりでも、穏やかなだけの抱擁でも、綺麗なだけの空色のカップでもない。
欲しいのは、恐怖さえ歓びに変換してしまう熱。
恐怖さえきっと恍惚に染め上げられるだろうそれに触れて、皮膚も体も心もぜんぶぜんぶ、
焼きつけてほしい。
傷つけてほしい。
痛めつけてほしい。
引き絞ってほしい。
汚してほしい。
あいして、ほしい。
そして、その先にはきっと
誰よりも、
(…母さんよりも)
アスランから愛されれば、キラが望む「好き」をもらえれば、きっと至上の幸せを手に入れることができる。
片思いで一方的に好きな今とは、真逆の苦しみとは無縁なお菓子みたいな甘いだけの世界で生きていける。
「お前、なにして――」
「僕が欲しいのは、そんなんじゃ…ないっ」
わかってよ、と聞き分けの悪い子どもみたいに駄々をこねる。
キラを咎めるアスランの声は覇気がなくて、酷く狼狽えた様子を物語っていた。
当然だろう、こんなにアスランを困らせたことは一度たりとてないに違いない。
ずっと、迷惑をかけてはいけないと自分を戒めていた。
一緒にいるだけでよかったから、それだけで満たされたから。
それ以上は望むまいと思っていたのだ。
「愛してよ。僕のこと、母さんみたいに愛して」
「――っ」
視線を繋げた深緑の瞳に映し出されるのは、父が今も焦がれ続けているアメジストではなく、互いの色彩を重ね合わせた深みを帯びたエメラルド。
織り成した色彩を認めた途端、アスランが苦しげに歪められた痛々しい表情を浮かべた。
瓜二つだと口々にいわれる容姿の唯一の相違点が、母とキラの違いを致命的にする。
アスランから得られる愛情に大きな差異を生じさせる。
この両目がキラに何よりもの絶望感をもたらす、そう考えると叶わない恋をしたときから厭わしかったそれへの嫌悪感がいっそう増した。