――愚かな願いと、叶わない恋だと知りつつも願ってしまうことは
――…それはいけないことなのでしょうか
自分だけのものであれば
顔を合わせたフレイの開口一番に出た言葉は、夜中に突然尋ねてきたことに対する文句でも驚愕でもなく、長い溜息と共に吐き出された。
「…なんて顔してるのよ」
一瞬だけ眉根を寄せた表情は苦渋に属する種類のもので、それほど今の自分の顔は見るに耐えないのだろうかと思った。
きっと、嫉妬に狂った愚かな女みたいな顔をしているに違いない。
それでもフレイがキラを追い出すことはなく、親しみなれたリビングへと案内してくれてキラのために温かな紅茶をいれてくれた。
何も言わないまま暖めたミルクが足され、乳白色の液体がカップの中に吸い込まれていく。
「あ…りがとう」
体中の水分が蒸発してしまったかのような錯覚に陥って、空からになった喉から発せられたしわがれた声が簡単な言葉もろくに伝えられない。
夜な夜な枕を濡らしていた涙が今では一滴も出ないのが逆に恐ろしかった。
まるで、泣くこともできないくらいに追い詰められ、そして想いを膨らませすぎたのだと暗に示しているようでぞっとする。
膨らみすぎた気持ち、募りすぎた想い、行き過ぎた愛、破裂して粉々に砕けることがすべての行き着く先。
昇華する段階など、もう当の昔に過ぎてしまったのだ。
「気持ちが破けたら、心も死んじゃうのかな…」
「何、物騒なこと言ってるの」
「だって、すごく苦しいんだ」
呼吸の仕方が分からなくなって、必死に酸素を求めて息を吸おうとすればするほど、冷たい水が肺を満たしていくみたいに息苦しさが増す。
乳琥珀の液体がゆらゆらと揺れる様子を見るだけで、情緒不安定な心が共鳴して意味もなく不安が膨らんだ。
「たかが、恋でしょ」
「後にも先にもこんな想い抱けないって思ってても?」
「すぐにまたその苦しさも忘れて、次の浮ついた熱に身を任せるわよ」
思春期の子どもが抱く一過性の熱みたいな浮かされた恋なんてすぐに忘れてしまうわよ、と年の離れた兄弟に言い聞かせるような言葉。
フレイの言う通りならば、どれだけ救われただろうか。
「相手が、実の父親でも?」
「――っ!?」
予想もしていなかった未発達の子どもから発せられた信じられない真実に、ダークグレイの瞳が大きく見開かれる。
きっとカップを手にしていたら、驚きのあまりその指から落としてしまっていただろうことは容易に想像できた。
長い長い沈黙が続く。
それでも居心地の悪さも恐怖も感じないのが不思議だった。
開き直っているという感覚が今の状態なのかもしれない。
これで軽蔑されてたり、考え直しなさいと叱咤されるのならばそれでもいいと思った。
その程度のことで揺れる気持ちならば簡単に捨ててしまえたのだと、新緑の瞳が暗に語る。
そして、少年の真意を姉代わりであるフレイは正確に読み取り、沈痛じみた色を浮かべた瞳を向けた。
「………本気なの?」
「フレイに冗談でこんなこと言えると思う?」
「よく分かってるじゃない」
性質の悪い冗談を好まないことはディアッカで実証済みであるし、キラ自身そんなことをいう趣味も嗜好も持ち合わせていない。
そうよね、と呟いた声音が震えて聞こえたのはきっと気のせいではない。
「生意気だっていうかもしれないけど、きっと…もう一生…誰にも…こんな気持ちにならない」
ぐずぐずに熟してしまった気持ちとは裏腹な未熟な心では、自分を保つことすら危うくなる。
己でさえ持て余してしまう狂おしい感情など、アスランがいなければ知ることもなく一生を終えていたに違いない。
初めて、自分以外の誰かに打ち明ける秘めた想い。
禁じられた領域だと知らずに足を踏み入れて、もう入り口が見えない後戻りがきかない場所まで来てしまったのだと気がついた。
拾ってもらう可能性は皆無で、捨てられないまま戻ることも進むこともできない。
(だってあの人はお母さんだけのもの)
もういったい何度繰り返しただろう。
自分で自分の首を締め上げる行為を愚かにも重ね、そして飽きもせず同じだけの傷を負う。
「それでも気のせいだって言われるのかな?」
「…………」
フレイは怒ることも詰ることも嘆くことも泣くこともなく、ただ凛とした表情でキラを見つめるその面持ちは、遠い日の記憶の母と共通するものを見つけた。