――手を繋ぎたいと伸ばされる小さな掌から伝わる熱さ
――それはこの子が確かに生きている証
――触れた体温に癒されていたのは、きっと自分のほう


触れられない



アスラン自身の仕事上、会える時間が少なかったことも起因していたのかもしれない。
腕を広げれば躊躇いなく胸に飛び込んできて、体温の高い小さな体を抱き上げていた。手を差し出せばそれは手を繋ぐときの合図で、言葉などいらず小さな掌が重ねられた。体調を崩して赤い顔をしていれば互いの額同士をくっつけて、熱を測っていた。
昔は傍にいれば必ずどこかに触れていた。
初めて会ったときの小さな体は今でも小さいには変わりないけれど、抱き上げることはなくなった。華奢な体と中世的な顔立ちは母である彼女の面影を色濃く映し出す。成長すればするほどやはり彼女の息子なのだという思いが強くなる。
それはアスラン自身が想い人であったキラを思い出の一部としてみなし始めたからなのか、それとも息子のキラが成長したからなのか本当の理由は自分にもよく分からない。どちらか一つなのかもしれないし、両方ともかもしれない。もしかしたらどちらとも違って、他の理由があるのかもしれない。
ただ、意識しているところとは別のところがそうやって彼女の面影を引き出すのは確かだった。

――いってらっしゃい

久しぶりに見送りをしてもらって家を出たからなのか、やけにキラのことばかり考えてしまう。
集中しろ、と自分を叱咤して目の前の書類に意識を集中させようと努める。
けれどそう思えば思うほど、思考は駄目だと戒めた部分へ辿っていこうとしているのが分かる。今だって思い出しているのは、今朝のキラの淋しさを押し隠した笑顔。
小さく手を振っていたキラがやけに遠くに感じたのは、昔はいってらっしゃいという言葉と共に小さな掌が別れを惜しむかのようにアスランの掌を握り締めていたからだろうか。

(手、繋がなくなったな)

最後にあの掌に触れたのはいつだっただろうか。柔らかな感触がおぼろげに浮き上がるだけで、はっきりと思い出せないことが随分と昔だったことを暗示しているように思えた。
触れていない年月がキラとの距離の遠さを感じさせ、柄にもなく淋しいという感情を湧き上がらせるのだろうか。幼い子どもでもあるまいし――そもそも自分はそんな可愛げなことを思うような子どもらしい子どもではなかった――と、抱いた感傷を奥底へと押し込める。きっとそのうち消えてどこにしまったのかも分からなくなる。
キラだってもう13歳なのだ。コーディネーターならば成人と認められる年であるし、昔から大人ばかりに囲まれて育ったせいか随分と精神年齢の高い子どもになってしまった。
おかげで片親で、仕事が多忙のせいでろくにかまってやれなかったにも関わらず、いわゆる手を焼くという状態に遭遇することがなかった。いつだって離れたくないと心細げな表情はするものの、見送るときは笑顔でいってらっしゃいと手を振って、日にちを超えて帰ってきても文句一つ言わずにおかえりなさいと温かく迎えてくれた。
きっと他の子以上に淋しい思いを味わわせてきた。否、今だってきっとさせている。
もっと長い時間一緒にいて思う存分抱きしめ、どれだけ息子であるキラを愛しているのか言葉にして伝えたい。

「駄目な父親だな…」

よく反抗期になったり、愛想をつかせたりしないものだ。良い子に育ったと子どもの心身健やかな成長を願う親としては嬉しく思う。
けれど自分の子どもが可愛いと思う親の立場からしてみると、自分勝手と承知した上で抱く正反対の感情がある。

本音はすこし淋しい。

我侭に泣き喚いてもいいし、行かないでと駄々を捏ねてもいい。思っていることを全部ぶちまけてすべてを曝け出して、良くないところも包み隠さずに避けだした姿で腕の中に飛び込んできて欲しい。アスランが腕を広げたときだけ駆け寄るのではなくて、こちらの予定などおかまいなしにその腕を強張る勢いで求めてほしい。
そんな身勝手な願いを抱いてしまうのも事実だった。

(虫が良すぎる…)

フレイあたりが耳にしたら烈火のごとく怒り狂って、しばらくは身をえぐるような嫌味を言われ続けること間違いないだろう。
なぜならあの子をそういう風にしてしまったのは、他の誰でもないかまってやる時間を作ることができなかったアスランのせいだ。キラの周りの環境が彼を今の彼のようにさせた。

変化が、必要なのかもしれない。

今までずっと二人でいた。このままででいいと成長の歩みを止めてしまったアスランは満足するけれど、これからもっともっと心も体も育んでいくキラには不満な環境かもしれない。父親として、彼の将来を案ずる一人の人間として、未来のことをしっかり考えなくては強く思うのと同時に、やはり心のどこかで寂寥感を抱いてしまうのだけは誤魔化せなかった。



大人は子どもが思っているほど大人じゃない。



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