――気がついてしまった。
――好き?と尋ねる言葉に愛しているよ、という答えが返ってくる理由を。
理由なんかない
「それじゃ、行ってくるな」
「うん、いってらっしゃい」
久しぶりに家で顔を会わせることができたのは、物音がしてたまたま朝早くに目が覚めたからだった。
きっとキラがアスランが廊下を歩く足音に気がついていなかれば、顔も見ることのないすれ違いの生活はもうしばらく続いていただろう。
気づかないふりをすることもできた。
どんな顔をして会えばいいのか分からなく避けていたのは自分なのに、ディアッカからお見合いの話で自分以外の誰かのために時間を割いていることを知った途端、現金なことに会いたくなった。
学校に行くにはまだ早く、父のためにコーヒーを入れた空色のマグカップを差し出して飲み終わり次第、玄関まで見送りをする。
「話を聞いてやる時間も碌になくて本当にすまない。必ず今週末には二人でどこかに出かけよう」
「無理しなくていいよ。父さんが僕のために仕事を頑張ってくれてることは知ってるから」
だから気にしないで、と無邪気な子どもの仮面をつけて満面の笑みを浮かべる。
笑みを認めてアスランの表情が少し和らいだことに気がついて、胸に走り小さな痛みにほんの僅かだけ笑みを引きつらせた。
この人を安心させるためなら、何も知らないあどけない子どものままでだっていられる。
自分の存在を苦渋の根源になど絶対にさせない、と恋心を自覚するずっと前から息子として決意をしたこと。
それは恋をして、一人の男として父を見るようになってからも自分の中では守るべきことだった。
「キラ」
「うん?」
知ってる、これは自分のことを呼ぶ声。
聞き間違えることができるほど浅い仲ではないし、アスランという人間を知らないわけではない。
それが今は息苦しさに拍車をかけた。
「愛してるよ」
「――っ」
世界を極彩色に染めてくれた言葉が、今では目の前を真っ黒に塗り潰す。
触れたことのない情熱を知ってしまったこの身には、一度経験してしまった鮮烈な色彩が今まで得ていた幸せの象徴でさえ灰色に変えていく。みじめに色褪せていく。
痛いほど鮮やかに刻み込まれた音がどこまでもキラを苛ませた。
だって、だって、これは喉から手が出るほど欲しいものじゃない。
(どうして、どうして…僕は母さんの子どもなんだろう)
そんなこと思ってはいけないのに、大きくなる気持ちが恐かった。
「僕だって、そうだよ…?そんなこと今更だよ」
「ただ俺が言いたくなったんだ」
「変な父さん」
「最近、キラといる時間が少なくて淋しいんだ」
「ふふ、何それ。そんなの父さんのせいじゃないか」
「お前の言うとおりだ」
冗談まじりで詰れば、ごめんなと優しい声が返ってくる。
愛されているのだと、耳から目から肌から感じとれて、愛される心地よさも確かにこの身のうちには存在している。
「遅刻しちゃうよ」
「あぁ、そうだな。お前も遅れずに学校に行くんだぞ
「はーい」
ふわりと笑顔を一つ残されて、扉が閉まる。
小さくなっていく足音を確認してから、貼りつけていた笑顔のまま固く閉ざされた扉を呆然と見つめた。
ずるずるとその場に座り込んで膝を抱え込んで、小さく小さく身を縮ませる。
気がついてしまったからこそ、苦しい。
好きと尋ねたときに愛してるよと答えられて、どこか違和感を抱き言葉を詰まらせた理由を。
今まで好きと愛してるは同じ意味を指し示す符号だと思っていたけれど、その認識が間違っていたのだ。
そして父の愛と自分の愛も、言葉が同じだけで中を開けば全くの別物だということにも気がついた。
今まで分からずにいたのは、好きの相手も、愛しているの相手も変わりのない一人に捧げるものだったから、キラにとってそれらは区別する必要がないものであった。
それなのに、知ってしまった。
父の好きと愛してるの両方が自分のために存在しているものではないことを。
とめどなくあふれる欲望には際限がなくて、膨らむそれに胸が引き絞られる痛みを顔を歪ませる。
普通って何?
平凡って何?
自分は父しか知らないし、この先もずっと父だけでいい。
他のものなんて煩わしいだけ。
あの人以上の特別な存在なんて、生涯出会いはしない。