――甘え続けてきた両腕の喪失を予感した。
――何も知らなかった「しあわせ」な日々に戻ることはできないのだと、絶望した。


理由なんかない



アスランに恋人ができるなんて、考えたこともなかった。
幼い時から仕事一筋で、それ以外の僅かな時間はすべて息子のキラに費やしてきてくれたことを重々承知しているからこそ、父の周りに自分以外の第三者の影がちらつく隙間などどこにもなかったはずだ。
そして何よりも父の心の中には、未だに母が色濃く息づいている。
それはキラも同じでお互いに口に出すことはないが、同じ人との思い出を持っているというその事実だけで良いのだと思っていた。
血の繋がりと思い出の共有。
それはすべて母から受け継いだ宝物であり、アスランとの強い絆が起因するもの。
誰かが入ってこれるはずがないと、高慢なまでな自身が根付いていたのかもしれない。
母を除けば、アスランにとって自分以上の人間が存在するはずがないと、彼の父親としての優しさに胡坐をかいていた。
本当は、キラが思ってるほど決して切れることのない強固な繋がりではない、というのに。

――ヒビキ、喜べ。新しいお母さんができるかもしれないぞ

「喜べるわけ、ないじゃない」

自分にとって母親はたった一人。
強くて優しくて、けれど脆くて泣きそうに笑うあの人だけ。
悔しいけれど、それは父にとっても同じだと思っていた。
母に代わる人などいるはずがない。
だからこそ、これから先ずっと二人で過ごしていくのだと信じて疑わなかった。
それなのに、

「お見合いって何だよ…」

それも恋人がいるかもしれない、なんて寝耳に水もいいところだ。
最近顔を合わせないのはキラがアスランを避けているからだと思っていけれど、そうではなくてアスランがキラのために割いていた時間を誰かの他の人のために使っているのだとしたら…、そう考えただけで焼け付くようなどろどろとした感情が噴出してくる。
そんなの駄目だ、絶対に許せない、相手がどんな人であろうとそんなもの認めない。
湧き出す激情は、親をとられて拗ねてしまった子どものような甘くさらりとしたものには似ても似つかない。
嫉妬に狂う醜い女みたいな薄汚い感情。
自分は男で、息子なのだから、こんなのおかしいと頭では分かっているけれどそれを心が納得してくれない。
ディアッカに話を聞いたときからずっと場所も時間もわきまえずに叫びだしたい衝動を必死にこらえていた。
少しでも気が緩めば瞳の奥でちかちかと熱く揺れるそれと共に、みっともない意味を成さない喚き声が零れてくる。
一度零してしまえばきっともう一度呑み込むことは不可能だと確信していたから、必死に唇を噛み締めた。
ぎゅっと、寝転がっているベッドのシーツを力の限り握り締めて崩れだしそうな心を繋ぎとめる。

(くるしい…、くるしいよ。父さん)

貴方のことが好きすぎて、どうすればいいのか分からない。
エメラルドの瞳が一瞬でも自分から外れることが許せないくらいに。
ずっと、ずっと、自分のことだけ見ていて欲しいという身勝手な願いを抱いてしまう。



震えを隠して、嗚咽を殺して、涙を堪えた。



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