――僕のこと、好き?

会話の押収の一つとしてあった他愛のない質問。
じゃれあいにも似たそれを最近口にできなくなった。
答えは嫌ってくらいに分かりきっているから。


理由なんかない



好きなのだと気がついたら、迂闊に近づけなくなった。
そして自覚するまでどれほど自分がアスランの前で無防備だったのかを思い知って、酷く恥ずかしくなった。
ソファーに座る距離、話をするときに合わせる視線の近さ、些細なことで触れてくる大きな掌が触れるまでの僅かな時間。
息子のキラとして甘受していたすべてのものが、アスランに恋をしているキラにとっては毒以外の何ものにもならなくて。
家の中で一日にいったい何度息を詰めたのか、数えるのも馬鹿らしくなってくる。
最近では学校での用事だとかこつけて、極力家に帰る時間を遅くしていた。
幸い、アスランは多忙な軍人という職についている人だから、家にいる時間はそう多くはない。
それなのに日が落ちてから帰宅するときに家に明かりが灯っていないと、がっかりしてしまう自分がいた。一人きりで過ごす時間が淋しいと思ってしまう自分がいた。
そして仮に家に明かりが灯っていれば、ドアノブに触れる指先が躊躇いで震えることも知っていた。



細い指先にある形の良い爪先には薄いマニキュアが塗られて、きらきらと光っている。
なんとなくそれをじっと見ていると、テーブルの上に置かれていた手が動いてティーカップを持ち上げた。
動きに合わせて視線を上げると、少々不機嫌な表情を貼り付けているフレイがいる。
そういえば、母の命日以来プラントに訪れたフレイに呼び出されて、一緒にお茶をしていたのだと自分の置かれている状況を思い出した。

「何か話したいことがあるんじゃない?」

ダークグレイの瞳がまっすぐにこちらを射抜いて、その鋭さに少しだけたじろぐ。
しかしすぐに心は鉛のような想いの存在を主張して、沈み感覚が鈍くなってしまう。

「ないよ、なにも…」
「そう…」

それならいいんだけど、ちっとも納得していない顔で言われて居心地の悪い思いをする。
けれど話せない、話せるわけがない。
男で父親である人が本気で好きだなんて、そんなこと言えない。
これは誰にも知られてはいけない恋心。
だから気がつかれないように短い溜息をそっと吐いた。

「よう、そこの美人なお嬢さん方、何辛気臭い顔してるんだ?」
「………一番うるさいのが来た。ヒビキ、呼んだのはあんたね」
「話したら久々に会いたいって言ったから、時間と場所だけ教えたんだ。それよりもディアッカ、僕女じゃないし」
「そういう細かいことは気にすんなよ。遠目から見たらばっちり女に見えるぜ。それもとびきりの美人」

喜べ、と満面の笑みで言われてもちっとも嬉しくない。
確かにお世辞にも男性らしい顔つきをしていないし、骨格が細くて少女に見間違われることも少なかった。
けれど知り合いならばキラが男だということは誰だってわかるはずだ。

「随分浮かれてるわね」
「相変わらず、あんたはきついなぁ。マジでイザークといい勝負」
「あんなのと一緒にしないで」
「言うねぇ、まぁそれでいいや。ヒビキ、最近お前のとこのアスラン帰りが遅くないか?」
「突然何のこと?父さんはいつも遅いよ。…でも最近は帰ってきてないときも多いみたいだけど」

キラの返事を聞いてディアッカの表情がいよいよにやけたものへと変わるものだから、さっぱり彼の意図が読めずに首を傾げた。

「ヒビキ、喜べ。新しいお母さんができるかもしれないぞ」
「…はぁ?」

反応をしたのはフレイのほうが早かった。
訝しげな顔をしてディアッカを奇妙なものでも見るかのような目つきで見ている。
だから二人の耳には決して届かなかったはずだ。
衝撃に小さく息を詰めた気配を。

「軍じゃ、とうとうあのアスラン・ザラが見合いをしたって噂でもちきりだ」
「ザフトって暇なのね」
「違うって。あいつがそれぐらい有名ってことだ」
「信憑性が全くないわ」

そもそもアスランという人間を少しでも知っている者ならば、笑って一蹴してしまうような噂だ。
仕事が命のような男で極上な見た目と反して恋愛とは程遠い位置にいるような種類の人間が、どうしたらお見合いなどするというのか。
それに彼には目に入れても痛くないくらいに可愛がっている息子がいる。
今更、お見合いだとか恋人という単語が沸いてくるはずもない。

「俺も最初は笑い飛ばしたけどさぁ、どうやら本当みたいなんだよな。実際帰ってこないときもあるんだろ?……ん、ヒビキ、お前“帰ってきてないときも多いみたい”って、お前実際のところ知らないのか?」
「最近、学校の用事で家に帰るの遅いんだ。だからその間に帰ってきてるかもしれないけど、形跡がないからたぶん帰ってないのかなって」

先ほどの話に不自然なほど反応を見せずに、始めから用意していた理由を詰まることなく話す。
反応などできるはずがなかった。
大人たちが期待している息子としての反応など、今の自分にできるわけもない。
そうか、と返したディアッカの顔が最初のときよりも冴えていなかったのは、きっと彼が持ってきてくれた話をキラが上手に笑って喜べなかったからだろう。



胸に走った鋭い痛み。 それは淋しさなんて子どもらしくて可愛い感情では収まりきらない激情が起因していた。



そんなの嘘だって、本当は叫びだしたかった



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