好き。



クラスの女の子で誰が好きか?

幼年学校での最高学年、13歳になると男子の中でそんな話題が上がるようになった。今までは外で泥だらけになって遊ぶばかりだったのに、今は夢中になって体を動かすだけではなくて、照れくさそうに好奇心を抑えきれずに身を乗り出してグラウンドの隅で輪になってそんな話をする。

「ミシェルって可愛いよな。特に笑うと、こう花が咲いたみたいになる」
「隣のクラスのカイルに告白されたらしいぜ。断ったって聞いたけど」
「ミシェルもいいけど、最近カレンも人気あるよな」
「コンタクトに変えたからだろ。眼鏡をとるとめちゃくちゃ美人なんだよ。確かにあれは可愛いな」

頬を紅潮させているのは体を動かして血行が良くなったからではなく、話に夢中になって興奮しているため。
キラにとっては実に不可思議な話題で、他の男子のようにしきりに頷くことができずにただ戸惑うばかりだった。

「キラは?」
「僕?」
「クラスでいいなって思っているヤツとかいないの?」

それは好きだと思うような女の子のことなのか、それとも客観的に見て可愛いと思える女の子のことなのだろうか。後者を考えてみるが、キラの中で可愛いという代名詞をつけるとしたら母の友達だというラクスになってしまうから、クラスの女の子には当てはまらなかった。
ラクス・クライン、プラントで最も有名な歌姫であり、先の大戦を終結させた働きを担った一人である。まだアークエンジェルに乗っていた頃に初めて顔を合わせたのだが、子ども心になんて可愛い女の人だろうと思わず見入ってしまったことを覚えている。
ピンク色のふわふわした甘いお菓子のような長い髪の毛と、クリームみたいに柔らかそうな白い肌、鈴を転がしたような笑い声。すべてが可愛い女の子の要素で、絵本の中に出てくるお姫様が抜け出してきたかのような錯覚さえ覚えた。

(そりゃ、母さんだって美人だったけど、)

やはりラクスは別格だと思う。それは10年経った今でも変わらずに、年を重ねたようには見えない歌姫の姿はキラが記憶しているものとさほど変わらない。ただ歌声に深みが増して、可愛い部分が一部綺麗な部分へと変化したところがあるかもしれない。
世界基準の美少女というものを身近で見てしまっているキラにとって、可愛いの基準は自然と高くなってしまっている。

「んー、特には…」
「つまんねーな、好きな人とかもいないってことかよ」

(すき、なひと)

好き、その言葉を使うとしたら真っ先に思い浮かぶのが自分と瓜二つの母の笑顔。
大好きといえば、母。好きといえば、アークエンジェルのみんな。
それから――

「父さん、かな?」
「はぁ、そこで家族は出ないだろう」
「けど、キラの父さんってザフトのアスラン・ザラだろう。あの人、格好いいよなぁ」

自分の父親が格好良いと褒められるのは、くすぐったいけれど嫌なことじゃない。

「授業参観で本物見たときさ、俺思わず見惚れた」
「クラスの女子なんて、きゃーきゃー騒いで大変だったよな」
「クラスの女子だけじゅなくて、俺の母さんもうるさかった」
「あ、俺んとこも」

授業参観のときの話を引っ張り出されて、あのときの不快感を思い出して少しだけ表情を険しくさせた。
なぜだか分からないけれど、アスランが教室に入ってきた時にメディアでよく紹介されている世間一般にいう美形の軍人ということに、身に着けていたザフトの軍服が拍車をかけてクラスどころか学校中が騒ぎになった。
生徒――特に女子――が授業もそっちのけで後ろばかり振り返るし、生徒の保護者である女の人も自分の子どもよりアスランにばかり視線を向けていた。
アスラン本人はそれを平然と受け止めてキラのことを見ていてくれたが、いろいろな人から熱い視線を向けられている状態を快く思えなかった。自分の父親に対する些細な独占欲なのだろうか、とこの年になってまで存在するファザーコンプレックスを意識せずにはいられない。
注目された父の姿に嫉妬を覚えた。その感情は注目されている父にではなく、父のことを特別として見ている周囲の視線にだ。
好きだから褒められたり認められれば嬉しいし、好きだから自分以外の人間が見ていると歯がゆい気持ちになる。そんなに見つめないでと、アスランの姿を誰の視線にも晒されない場所へと隠したくなる衝動に駆られる。この人は自分だけの父親であって、キラにとってアスランが特別であるようにアスランにとっての特別もキラ以外にはありえないのだと主張したい。

(やっぱり、好き…なんだよね?)

自分に自分の気持ちを問いかけて見る。
クラスの女の子を好きと言うよりも、父の姿を思い浮かべて好きと言ったほうがしっくりする気がするのだ。

「キラはまだまだお子様ってことか?」

誰かが冗談交じりに紡いだ言葉に首を傾げた。
父を好きだということは、子どもの証拠なのだろうか?未熟の証なのだろうか?

(だって、こんなに「好き」なのに?)

きっとこの中の誰よりも好きという感情を持っている。
だってずっとずっと好きなのだ。
きっと、初めて会ったあの時から。


――君、名前…は?
――俺は、君の父親だ。今日からお母さんの代わりに君と一緒に暮らそうと思うんだ


痛いと顔が言葉より雄弁に語っているのに笑ったその人の表情は、幼心に未だに胸に焼きつき、瞼の裏に焦がされて、今でも鮮やかな記憶として残っている。



「好き」に種類があるなんて、知らなかったあの頃



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