――空色の染められる瞳に、自分という存在を刻み付けたい
――そう願うことは罪なのでしょうか?


空の下で何を想う



見慣れた父の後姿を見つめる。きっとどんな場所であっても、幾人の人が同じ格好をしていてもこの背中を見間違えることはないだろうと、根拠のない確信を抱く。
もうこの世にはいない恋人に焦がれる一途な男の背中。飽きるほどに見た背中はどれだけ近くで見ても、酷く遠く感じる。
父が見飽きることのない空を眺めて、最後に刻み込んだ母の笑顔を思う。とてもきれいな人だった。凛としていて潔くて強くて、同時に自分が傍にいてあげなくてはと思ってしまうくらいに弱い人でもあった。逞しいとは言えない腕にいつも囲われ守られてきた。
きっと母こそ守られるべき立場の人間だったのではないかと、とこの年になってから思うようになった。特にコーディネーター社会において女性は新たな命を生む大切な存在だ。戦禍に巻き込まれて命を落としていいような人ではない。
まっさらな少女のように微笑んだ母の表情、それが死を覚悟した人間特有の透明さだと分からずに、ただただ母の新たな一面を垣間見て戸惑っていた。
ずっと死ぬことを予感していたにも関わらず、母は父に助けを求めなかった。ただ静かに定めのままに死を感受した。死んでしまったらもう二度と父に会えないことを知っているはずなのに。

(母さんは、どうして父さんを一人残して逝ってしまったんだろう)

父は、アスランという人間はまだ母のことを痛いくらいに思っている。きっとその想いは母が生きていた頃と何ら遜色のないものだろう。
きゅっと音もなく唇を噛み締める。肌の表面に生じた痛みで、体の奥底から鼓動のように疼く鈍い痛みを誤魔化した。きっとこの感情を認めたら、自分は自分でいられなくなるような気がして怖くなるのだ。
自分のことなのに知らない部分があるなんて、おかしな話だと僅かなもどかしさと愚かしさを感じる。

(どうして、寂しいって思うんだろう)

いや、寂しいとは少し違うかもしれない。
胸のあたりを不躾な掌がぎゅっと握り締めて息苦しさを伴ったそれは、今まで感じた「寂しい」の感情とは似て非なるものだった。
だって――

(こんなに痛いなんて…思わなかった)

しわになることも気にせず、胸元の服を握り締める。
キラはアスランが13歳のときにできた子どもだった。世間一般にいう大人の目から見れば、子どもが子どもを育てるような心許なさがあったのかもしれない。アスランがキラを引きとるときに、いろいろなところから反対の声があったのだと、こっそりとディアッカに聞いたことがあった。
しかし周囲の不安とは裏腹に、キラにとってアスランは完璧すぎるくらい良い父親だった。
忙しい軍務の合間をぬってはプラント内にとどまらず、キラが行きたいと一言でも口に出したところへ連れて行ってくれた。家に帰ってきた日は僅かであっても言葉を交わしキラの顔を見るといった風に、必ず様子を見てくれた。多忙を言い訳にせず軍服姿のままで授業参観に来てくれたこともあったし――その時は学校中が大騒ぎになったが――、褒めることも時には怒ることもした。それはすべてキラのためで一つ一つの言動に愛情が溢れていて、父の愛情を疑ったことなど一度もなかった。

(ねぇ、そっちばかり見ていないでこっちを向いて)

他の誰でもなく、僕にだけ笑いかけて。
絶対に口にすることができない我侭を心の中で唱え続ける。
太陽から発せられる光のように注ぐと熱を発すればいいのに、とそんな馬鹿なことさえ思ってしまう。そうしたら、アスランはすぐにでもキラのほうを向いてくれるだろう。どうした?なんて何も分かっていない憎らしい顔で、でも魅力的な笑みを浮かべて尋ねてくるだろう。



そう、アスランは完璧すぎた。それは保護者としての枠だけでなく、男としての枠でも変わりはなくて…。
昔も、そして今でも、アスランはキラにとって理想の父親であると同時に極上の男でもあったのだ。



きっと、この人の心は天に昇るときに母さんが抱いていってしまったに違いない



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