――一度目の変質は、桜の蕾が膨らみ始めた頃
さくらさくら / 散らばる / 探るように
「しあわせですか」 / 囁く / 指先から
「あぁ、お前に会えるように昨日まで頑張ってきたよ、キラ」
久しぶりに目にする透明度の高いアメジストとエメラルドに色彩が細められた途端、さらにその透明感を増させた。
なんて、愛しいのだろうと思う。
もう自分にはそんな感情に巡り合うことはないだろうと思っていた。
たった一度に恋にすべて捧げてしまったから、もう自分の中に残っていないのだと信じて疑わなかった。
それなのにどういうことだろうか、この子どもを目にしただけで愛しくてたまらなくなる。
この世の幸せをすべて与えてやりたいだなんて、高慢なことさえ思ってしまう。
「ほんとに?嬉しい。お疲れ様」
「ありがとう」
細く小さな掌が伸ばされ、首元に腕が回される。
抱きつかれた格好のままキラの荷物を受け取って、ヤマト家を後にした。
普段は軍人としてほとんど家に帰ることができないアスランに代わって、キラの面倒を見てくれると名乗りを上げたのがヤマト夫妻だった。
――だって、私達にとっても特別な子だもの。
最初は申し訳なくて断ったのだが、カリダにそうまで言われその言葉に甘えることにした。
こうやってアスランが休みのときにはヤマト家からキラを迎えにいって、僅かな時間を共にすることがここ数年間の日常となった。
「明日はどこにいきたい」
正確には既に今日なのだが、車にのって助手席に座らせた子どもに尋ねる。
遊園地でも動物園でも水族館でも、彼が行きたいのならばどこにでも連れて行ってやるつもりだ。
しかし、返ってきたのは予想外の返事だった。
「おうちでお昼寝しようよ」
「行きたいところはないのか?」
躊躇いもなく頷かれ、肯定を示される。
そして別にどこだっていいんだ、と小さく呟かれた。
「お父さんと一緒にいれれば…いい……」
そしてほどなくして聞こえてくる寝息。
安らかなそれを不粋なクラクションで妨げてしまってはいけないと、ハンドルに突っ伏すことだけは軍仕込みの忍耐力で避けた。
それでもミラーに映る自分の顔は薄闇の中でもはっきりと分かるほど赤くて、片手でみっともないそれを隠す。
キラにとってみれば「一緒にいたい」というのはまぎれもない本心なのだろう。
それでも父親の疲労が溜まっていることに気がついた上での、聡い子どもの言葉だということにも変わりはなくて。
そんな息子の思いやりに言葉もなく小さな幸せを噛み締めて、息子の願いを叶えるべく車のエンジンをかけた。
多くの傷跡を大地と人々の心に刻み付けたヤキン・ドゥーエの戦いが終わってから、3年。
それが19歳のアスランと6歳になった息子のキラ・ヤマトの日常だった。